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批判と悪意が怖いということ

雑記

自分が何か言うことで、批判されることが怖い。
ふとしたきっかけで悪意を向けられるのが、怖い。
きっと私に匿名での批判なんかがきたら、もう立ち直れないと思う。

同じような考え方を持つ人は、私だけではないのかなと思います。
私は人の悪意が本当に苦手で、怖くて、思考が止まります。

今日はそんな私が自分の感情を見つめなおし、アドバイスをたくさんもらい、長期的には
凹むけれども大丈夫!
そう思えるようになろうと決めたお話です。

キーワードは「課題の分離」「経験」「時間

お金の話ではないのですが、自分の思考の整理のためのアウトプットとして、さらに今同じように悩んでいる人の参考になる部分が1つでもあればと思い発信していきます。

ご注意いただきたいのは、もう私は批判も悪意も怖くない!と思っているわけではないということです。
これから少しずつ変わっていこうとしている、私の決意の話です。

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批判と悪意がなぜ怖いのか

一番昔の悪意を向けられた記憶は、小学2年生のころです。
初めてクラスメイト達から無視される経験をして、ひどく傷ついた記憶があります。

田舎の小さな小学校だったためクラス替えなどもなく、6年間のうちには再度無視されたり悪口を言われたり、複数のクラスメイトが同じ経験をしました。
正直に言えば、私も他のクラスメイトが同じ状況になっていた時には助けるどころか無視をしたこともあるのでそれを棚に上げて「自分はつらかった」というつもりはありません。

ただ、その時の感情は強く残っています。

その後中学校で頬をひっぱたかれたり高校でアンチが沸くなど小さな問題はありながらも過ごしてきました。

しかし一番自分の怖さを感じたのは、前職の地方公務員時代です。
在職時は窓口を対応することが多く、その分市民の方々の「負の感情」をぶつけられることが多かったです。

時には「ぶっ殺す」「死ね」など学生時代まででは聞くことがなかった言葉を一身に受けることもありました。
最終的には市民の方々の誤解などで「申し訳ない」と謝っていただくことはあっても、一度受けた言葉の重みは、自分の中にずっしりと残るのでした。

退職することで、面と向かって怒鳴られたりすることはなくなりました。
ですが今はこうやってブログで表現することも行っています。
Twitterでつぶやくこともあります。
オンラインを辞めるという選択肢はありません。

そうすると、いつか匿名の誰かから批判される、突如悪意を向けられることがあるのではないか…という不安が常に頭をもたげるのです。
自分ではどうすることもできないとわかっているのに。

私は、不安はその感情が怒っている原因に気付かないと対策のしようがないとわかっています。
お客様にも常々話していることです。

だからまずは現状を見るための参考となるように、私が所属しているコミュニティで助けてほしいと声を上げました。

批判と悪意が怖い私に届いたたくさんのアドバイス

批判と悪意がめちゃくちゃ怖い、みなさんはどうしているのか?という私の質問には、たくさんのアドバイスが届きました。

  • 自分の問題なのか、相手の問題なのかを切り分けていこう。
    相手の問題には必要以上に関与しなくていいんだよ。
  • 恐怖心がありながらも進もうとする自分でいるのも大事。
  • 相手がどんな感情を満たそうとしているかに意識を向けてみると楽になるよ。
  • 傷つける言葉を投げかけて平気でいる人なんてあなたの人生には必要ない。
  • 事柄に対する批判で確かにと思うなら謝る、人格批判なら怒っていいんだ。
  • みんなに好かれなくていい、自分を守ろう。
  • 自分にマイナスのことにしかならない人に対して時間を割く必要はない。無視。
  • 自分のやるべきことに集中していったら、多分構っていられなくなるよ。
  • すぐ怖さを克服しようとするから焦っちゃうのかも。時間をかけていいんだよ。

このようにアドバイスをもらうことで、私は「自分と相手を同一視したまま」「今すぐ」「大きな経験をせずに」怖さを克服・改善させようとしていたことに気づきました。

怒りは相手の問題です。相手が何かの理由をもって怒っている状態を作っている。
もし相手が私を傷つけたいという理由で怒っている場合、それを私がわざわざ馬鹿正直に受け取る必要はない。
※もちろん、私自身に非がある場合は別です。

理解はしていても、怒りを「怒られている私の問題」としてとらえることしかできていないのだと思います。
そこをまずは変えていこうと思いました。

また、すぐに結果を出そう、すぐに克服してやろうという傲慢な思いにも気付きました。
今までの思考のルーティンから外れるのに、すぐできるわけがない。
これは時間をかけて変えていく必要があるということです。

さらに、アドバイスをしてくださった方々の多くはいろいろなトラブルを経験された先輩たちでした。
経験から学んで身につけられたということは、最終的には経験しないと腹落ちする形で身に着けることは難しいのかもしれないと考えることができるようになりました。

自分と相手の課題をわけ、少しずつ考え方を身に着け、最終的には経験することで自分の糧とする。

こう思ったら、いつか批判が来たとしても対処ができそうだ、不要な恐怖は必要ないんだということが理解できました。

まとめ

今回は自分が批判と悪意が怖くて、それをどう克服していこうかと模索するお話でした。
前職でかなり悪意を向けられ、心を削られました。

でもどうしたらよいかアドバイスを聞いたところ、たくさんのメッセージをもらいました。
相手の課題と自分の課題をわけて、考え方を少しずつ身に着けて、経験することで自分の糧としていこうと思います。

私の闘いは始まったばかりです。
何年かかるかわかりませんが、自分の心の安定のために走っていこうと思います。

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